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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

ずっと同じ蜂蜜

フクラギ

 

 八十五歳を過ぎた母は電話をするといつも元気そうにはきはきと話してくれる。幸い同じ市内に住む姉や弟が、母の一人暮らしを助けてくれているので、はるか離れた土地で生活している私はとてもありがたい。母には母のこだわりの生活リズムやパターンがあるので、できるだけそれを変えないように、元気で暮らしてほしいと思う。母は昔から蜂蜜が好きで、買うお店も決めていた。ボール紙の色の箱に入ったどっしりとした瓶の蜂蜜を、紅茶に入れたりしながら少しずつ消費するのが母の娯楽となっていた。コロナ禍が落ち着いて、久しぶりに母の家に顔を出してみると、食卓の上にいつもあった蜂蜜の箱が見当たらず、台所の棚の上に置かれていた。瓶の中は空っぽだった。蜂蜜を買っていたお店は歩いて15分くらいのところにある酒屋さんで、今も繁盛店なのだが、そこまで歩いていくのも大変になっていたのだろう。姉や弟に言えば車ですぐ買ってきてくれるのだろうが、やはり遠慮してしまうらしい。母は蜂蜜の箱に購入日をマジックペンで書いて、どれくらいでなくなるのかを楽しみにしていた。空の箱に記された日付はコロナ前だった。母に「蜂蜜なくなったね」と軽く聞いてみると、母は「コロナがあったから、ずっと行ってないし、あのお店に今も同じ蜂蜜があるかどうか」と言った。そして母が言うには、このお店で扱っていた蜂蜜はずっと県内産の蜂蜜だったが、それがやがて県外産になり、今は南米産のものになっているという。味は変わらず美味しかったという。おそらく三十年近く同じ箱で、同じ瓶という安心感がやはりよいのだろうと思った。私は駅前の本屋へ行く、と言って外出した。あの酒屋に、同じ蜂蜜が売っていたら買ってこようと考えたのだ。日曜日だったが、お店はお客が二組来ていて、楽しそうに有名な地酒の品定めをしていた。蜂蜜を探すと、店の隅にある、パンフレットが置かれた本棚にぽつんとひとつ、母の蜂蜜が売られていた。まだ買いにくるひとがいて、この蜂蜜もコロナを乗りこえて販売されているのだろう。私が蜂蜜を手に取ってレジへ行くと、店主らしい若い男性は少し驚いた表情を浮かべた。蜂蜜を買って、家に戻ると母はごく普通な感じで、喜んでくれた。そして細いマジックペンで、いつもと同じように箱に日付を書き込んだ。

 

(完)

 

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